since 1974~

理容 フジタ

今から43年半前。

まだ田んぼばかりが目立つ山陽電車「亀山」駅周辺

一軒の理容室が開店した。

サブライヘアーの原点となる店だ。

それから遡ること、20年。

広島県から縁あって神戸で理容師の修行をすることになった藤田の父は、10年の修行の後、真面目な仕事ぶりが認められ、支援を受け独立。

神戸長田で開業するも、生涯の伴侶との出会いにより姫路・亀山で小さな店を開店させた。理容 フジタがそれだ。

友人、知人もほとんどいない未知の地域での開業。

「3年もたないんじゃないか」

そんな心ない噂もあったが、藤田の両親はひるまなかった。

夕方、仕事を終えて家路へと急ぐ人々は、真っ暗な中にポツンと光る灯りにほっと癒され我が家への足取りを軽くした。

一人、二人子供がやってくると

やがて、大人たちが来るようになった。

地域の人に認めてもらったのだ。

もともと明るく、世話好きだった父。

賑やかなことが大好きで、地域の祭りにも積極的に参加した。

「散髪屋のおっちゃん」と、子供達にも親しまれ、いつのまにか

理容 フジタは、いつも人が集まる店になっていた。

父と同じ道を行く

父と母の背中をみて育った姉弟は自然と理容・美容の世界へ

まず姉が、理容フジタの隣で父が立ち上げた美容室 Bam Booを3年でカタチにし、独立した姉と入れ替わり2004年から宜邦が美容室を引き継ぐ。

美容室、理容室が中で繋がっていたこともあり父の元で散髪の修行をしながら美容室経営を行う。一見順調な経営にみえたが、人知れず悩みを抱えていた。

「理容室、美容室、どちらも徹底できていないのでは?」

「中途半端になってしまっているのでは?」

しかし、ある先輩の一言で、それが自身の強みになることを教えてくれた。

「理容、美容 どちらも本格的にできる人はいないよ」

「両方のいいところ組み合わせたらいい」

目からウロコだった。

おしゃれなサロンで、かっこよく仕事をする仲間を横目に見ながらどこか自身がなかった自分をこの言葉が、力強く押してくれた。

自分の行く道は、この道しかない!この道!でいいんだ父と同じ道を行くんだ!

サブライヘアー誕生

一筋の道が見えてきたところで老朽化が進んだ理容フジタ、美容室バンブーを2016年に建て替えることを決めた。

理容室と美容室のいいところを組み合わせたヘアサロン・サブライヘアーの誕生だ。

その名の由来は、お客様のそばに寄り添うヘアサロンでありたいとの思いから。その方のそばに寄り添い、励まし、勇気づけるヘアスタイルが創りたいと思う。

「さぶらう」とは、侍の語源でもある。

仕えるという意味もあり、今の藤田の気持ちにピタリとはまる言葉となった。

「散髪屋は、お客様のヘアスタイルに1ヶ月責任をもつ。」そのために想像力を働かせて設計すること。1カ月後、どのようにその人の髪が変化するのか、日々変化することを先読みし、アレンジ、スタイルを構成していく。

サブライヘアーの開店を待たずして他界した父の言葉が蘇る。

「うまい仕事は、スタイルが崩れない」とも。

当時は、技術の正確さを説いた言葉だと理解していた。

しかし、父がいなくなった今は、その言葉の真意はお客様に寄り添って考え、共感することこそ重要だと考える。

たくさんの弟子に教えていた父だったが、10年以上、そばでその仕事ぶりを見つめ続けたのは 自分だけだ。

その自負が、自信となる。

そんな時、父の代から長く通ってくれるお客様の髪をみてなんでこの切り方になっているのか考える。父親の仕事に触れ、創造するのだ。するとお客様を通して、父の仕事と対話しているようで

父に応援してもらっている気がした。

そんな藤田は今、地域にどっかと根を下ろしながら自分と同じ年代の人パパ世代を応援したいと頑張っている。それが自分の使命だと。

そして大切なママ、子供、ファミリー全員で来てもらいたいと思う。

地域にどっかと根を下ろしながら

地域に寄り添いお客様ひとり一人にさぶらう

サブライヘアーが、最も大切にしていることだ。